酒蔵だより
SAKAGURA
令和元酒造年度の清酒、味醂の造りをすべて終える「皆造」を過ぎて。
福光屋の醸造蔵・壽蔵は、令和2年5月8日に日本酒、5月13日に味醂の醪を上槽し、今期の造りを無事に終了しました。仕込んだ醪をすべて搾り終えることを「皆造」といい、令和元酒造年度の節目となります。昨秋の蔵入りからおよそ200日。毎日欠かさず早朝からお米を蒸し、醪を仕込み、年の暮れも元日も返上して昼夜分かたず酒造りに励んだ蔵人たちにとっては、過酷な日々から開放されたことになります。
かつての杜氏や蔵人たちは、農業や漁業に従事しながら冬期の出稼ぎとして酒蔵に寝泊まりし、酒造りを担っていました。田植えが始まる頃に酒造りを終了して蔵を完全に閉じる風習は、福光屋では昭和の終わりから徐々にすすめた社員蔵人制度の完全導入をきっかけに平成の代に消滅。現在15人の蔵人全員が社員であることから、皆造を終えた後も道具洗いや機器の修繕、若手への技能指導、田んぼに出向いての研修など、さまざまな仕事が存在します。
各々がこのような仕事をこなしながら、今期の仕事を振り返り、次の酒造りに向けた準備とリフレッシュに務める一方で、皆造後の蔵の内部は、寂寞とした空気に包まれます。皆造前日まで醪で満たされたタンクがあり、目に見えぬ活気があったにもかかわらず、一気に無機質でがらんとした空間になります。
「酒造期には、麹室や酒母室、醗酵室など、蔵のあちこちは天文学的な数の麹菌や酵母といった微生物に満ちています。目に見えない微生物たちの生き生きとした活動は、蔵の活気となって私たちに伝わります。生き物がそばにいるという心地よい気配、安心感に包まれているのです」と、板谷和彦杜氏。すべての醪を搾り終えた皆造当日の晩、最後の宿直で蔵の見回りをすると、酒造期にはなかった薄ら寒さを感じるといいます。
酒造りが無事に終わった安堵を噛みしめながらも寂しさを感じるのは、蔵人それぞれが来る日も来る日も微生物と濃密に関わり、微生物の働きに一喜一憂した日々への名残り惜しさでもあります。