杜氏から杜氏へ、技と味わいの系譜。“日本酒のヴィンテージ”。 | こめから.jp | お米のチカラで豊かに、上質に。

酒蔵だより

SAKAGURA

2019.11.12.

杜氏から杜氏へ、技と味わいの系譜。“日本酒のヴィンテージ”。

福光屋では毎年9月に、“ヴィンテージ委員会”という名の独自の鑑評会を開いています。鑑評の対象となるのは、福光屋の純米大吟醸の最高峰ブランドである「瑞秀」のみ。元国税庁醸造試験所(現酒類総合研究所)所長で元東京農業大学教授の吉澤 淑氏をお招きし、蔵元や杜氏、生産管理責任者たちが審査員となり、1992年から2016年までの瑞秀を1点ずつ開栓し、唎き酒をして熟成による味わいの変化を評価します。

ヴィンテージとは、ワインにおけるブドウの収穫年を表すもので、ブドウの出来や収量が優れた年のワインには高い価値が与えられ、ワインの格や価格を決定付ける大きな要素です。一方、日本酒においては原料となるお米の良し悪しが、ワインにおけるブドウほど鮮明にお酒の出来映えを左右することはないといわれています。原料が穀物か果物かによるところも少なくありませんが、お米の出来に多少の差があったとしても緻密で重層的な日本酒醸造の工程で適切に補う技があること、一般的なお酒は一年以内に消費することを前提に造られることなどから、日本酒にはお米の栽培年ごとに味わいや価値が増減する“ヴィンテージ”という概念は存在してこなかったといえます。

ところが福光屋は、同一の栽培農家が同一の田んぼで同じ品種のお米をつくり、毎年同じ蔵人のもとで造られた日本酒であっても、その年ごとにお米の個性が存在し、それがお酒にもよく表れると考えています。長年の酒造りの経験から、その年の気温や日照、雨量、それらによる刈り入れ時期の変化などが複合的に絡み合った栽培環境、広くいえば気候風土=テロワールが、酒米ひいては日本酒にも確かに存在すると考えるわけです。

清酒全14銘柄のうち、兵庫県多可郡多可町中区坂本の契約栽培米・山田錦の中でも特に選りすぐったもののみを使い、搾りの過程で最も旨味のある部分(中汲み)だけを取り分けて仕上げた「瑞秀」は、日本酒のヴィンテージというコンセプトで造られ、最低でも3年間は熟成させた最高級酒です。その年ごとの香りや味わい、一年ごとにお酒の熟成度を慎重に見極め、その結果を価格に反映させる取り組みを1992年から行っています(発売は1994年)。ヴィンテージ委員会の場で決定される毎年の価格改定は、健全に熟成しており出来栄えの素晴らしいもの、熟成が遅れているもの、熟成のピークが止まったものに大別され、昨年よりよい酒質になったかを第一に、今後の可能性を視野に入れた官能評価や意見を交わしながら客観的に決められます。

全国の酒蔵でも非常に珍しい“日本酒のヴィンテージ”という試みは、新しい世界観や楽しみをもたらすだけではありません。データや記憶ではなく、低温瓶熟成させた約25年前からの純米大吟醸がお酒として残り、実際に唎いて熟成による味わいや価値の変化を真剣に追究できることは、造り手にとって非常に重要なことでもあります。
「自分が造ったお酒を含め、先々代、先代のおやっさん(杜氏)が造った四半世紀前からのお酒を、五感で辿ることができるのは酒蔵の貴重な財産でもあります。その年その年のお米の個性とともに、代々の造り手の試みや思いがお酒によく表れていると深く感じます。ときには目指すべきお酒の手本にもなる心強い存在であり、10年後、20年後に自分たちの造ったお酒の真価が問われる責任も感じます」と、2012年から壽蔵を率いる板谷和彦杜氏。

兵庫と金沢の気候、お米の個性、水、微生物、蔵人の技というお酒に欠かすことのできない要素とそれらをじっくり結実させる“時間”が加わることで大きな価値が生まれる瑞秀。日本酒ヴィンテージへの大きな挑戦であるとともに、未来へと続く壽蔵の系譜でもあります。